この記事へのコメント
幸せはどこかに転がっているものではなく、「君の左胸の中にある」。
様々な意味が含まれていると思いました。

例えば同じ状況の中にいてもそれを幸せと思う人、当然のこととして何も感じない人、逆に不幸だと思う人がいる。幸せはその人の感じ方次第ということ。

または自分の中にある幸せに目を向けようとしていなかったり自分を見失っている時は、どこかに幸せはないかと探しても見つからない。そういう時はどんな状況であっても幸せを感じられない。際限もなく「幸せ」へのハードルが高くなっていく。そんな状況への優しい警鐘だとも感じられました。

感謝の気持ちを忘れずに生きてゆきたい。
自分の中にある「幸せ」または「幸せだと感じる心」を大切にしたい。

このお歌を拝読して私はそう思いました。
Posted by 本間美保 at 2018年11月11日 00:23
上句で問題定義をして、下句でその答えを出すような短歌は拙い、とか申しますが、本作ではそのようなことは感じません。
「前後左右」「君の左胸の中」
この不可思議な具体とも抽象ともいえない場所を指定する言葉づかいが、とても効果的だと思いました。
平明な言葉で、不思議さとそれに希望を感じさせる作品でした。
Posted by 山中 もとひ at 2018年11月13日 16:38
下句の調べの悪さを何とかしたい感じでした。「左胸」に「の」を入れて「左の胸」にしましょうか。けど、そうなると「の」が続いてしまいます。作者の方も、それを嫌ったのかもしれません。
また、初句は4方向を指すのですから二句目の「そこ」ではなく、「そこら」でしょうか。いずれにしても「そこ」の語の選択はこの歌にはそぐわないかと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年11月14日 20:36
前評者の桑原さんは「そこ」の語の選択を問題にされていましたが、私は結構、「そこ」が魅力的に思えました。初句の「前後左右」は、4方向への広がりを指す語というよりは、前そこに求める幸はない、後ろそこにもない、左にも、右にもという具合に、1方向ずつ確認して4方向を重ねて述べているような作者の強い思いを感じました。「そこら」といったぼんやりと広がりをもつ語ではなく、「そこ」という1点を指す語が、「求める幸はない」という断定を強めてもいるように思いました。
また、下の句の解釈については、本間さんの読みがとてもステキでしたが、私はちょっと違った読みをしてみました。君とは作者が思いを寄せる君であり、その君の左胸の中にあるものというのは君の心のことで、君の心を得る意外に私の幸せはないと述べているような気がしました。
強烈に思いの丈を述べる一首として、その強さが魅力的に感じられました。
Posted by 加藤隆枝 at 2018年11月19日 00:09
私も加藤さんのご意見に賛同し一票を投じます。
「君の左胸にある」がとても素敵に思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2018年11月19日 08:47
下句の韻律ですが、この句またがりは自然でよいと感じます。2句14音と読むよりは3句(3−6−5)14音と捉え、音数の多い「左胸の」に強い気持ちが込められていると思いました。
Posted by 太田青磁 at 2018年11月22日 10:09
作者の笹渕静香です。私の拙い歌にコメントを頂けて有り難かったです。
よく〈左胸〉と自分は使ってしまうのですが、ずばり心臓のことです。前後左右ではなく、己の心臓にこそ幸せが秘められていると、うまく表現できませんでしたが(苦笑)。鼓動がする、ああ生きているとダイレクトに感じることそのものが幸せなんだと思います(極論になってしまいますが)。
皆様のお歌を拝読し、まだまだ本当にまだまだ未熟だと痛感しております。今後のネット歌会で、もっとちゃんと詠めるようにしたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by 笹渕静香 at 2018年11月29日 19:07
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