この記事へのコメント
風水ではあまり好ましくない北向きの鏡。
一読したときは、「あけましておめでとうです」が音数の関係で省略されているのかと思いましたが、全体のなかでこの投げやりな言いぶりが、正月の朝に鏡のほかに挨拶すべき人がいない一人居(?)の初老の姿がうまく表現されていると思いました。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年02月19日 16:10
作中主体は、幾つくらいなのだろうと考えました。かつては40歳すぎと言われていたようですが、今では時代に合わないと、60歳すぎととらえるようで、後者をとりたいと思います。北向きの鏡の意味が疑問でしたが、肥塚さんの評で合点がいきました。

「あけましておめでとうです」は、自分が自分に言っているのでしょう。くだけた感じに、わびしさやどことなくユーモアをも感じ、老いを意識した自身を客観的に見ているところに好感がもてました。
Posted by 岡本はな at 2019年02月20日 15:12
前掲の拙評ですが、かつては40歳くらい〜の前に「初老とは」という言葉が抜けていました。
Posted by 岡本はな at 2019年02月20日 15:17
鏡が南を向いていては光が反射 してよく見えないから北向きに置いてあるだろうと現実的にみました。あえて「北向きに」と言った意味は、見た目も生き方もこれから先もパッとしない自分をイメージさせるためだろうと思いました。「おめでとうです」という軽さとあいまって、自嘲しつつ新年をことほぐ大人の一首としてよいお歌と思いました。
Posted by 伊藤阡 at 2019年02月22日 18:51
 初鏡の短歌ですね。
 「初老の我」ではなくて「我の初老」と詠み分けているところが、説得力があると思います。
 「北向きの鏡」も、現実性とそこはかとない象徴性をにおわせて、前評の伊藤さんの指摘された大人の一首と納得いたしました。
Posted by 山中 もとひ at 2019年02月26日 10:51
前評者の方々が書かれているように「あけましておめどうです」の軽さに、ユーモアがあり、哀感がありで心に沁みました。
下の句は、「初老の我」であれば自身を初老と認めていることになるけれども、「我の初老」とすることで、自分自身をまだまだ老いとは遠い存在だと思っていた作者が、鏡の中に映った自身に思いがけず老いの兆しを見てしまった驚きが感じられました。
私も、伊藤さんの書かれたように、軽く「自嘲しつつ新年をことほぐ大人の一首」と読みました。
Posted by 加藤隆枝 at 2019年02月28日 10:41