この記事へのコメント
蛍烏賊の眼は、どういう訳かよく目立つような気がします。一人でしっぽり酔う宵に、皿に並べる様子は、少し物悲しいというか、子どもっぽいと言うか。春の陽気とあいまって現代ファンタジーのように感じました。
Posted by 瑞坂 菜 at 2019年05月14日 22:14
 物寂しさと少し自虐の雰囲気を醸す印象深い作であると思います。
 が、ホタルイカの食べ方について、たとえ一人であっても、自分ならそうはしないだろうとの確信をもって、この歌をみると、この歌は異様です。
 いつも常態として目を除けるのでしょうか。目を除けず胃に納める派には、きつと作者の常態なのだろうと推測されます。
 作者の沈んだ自滅的な思いは、除けた目を皿に並べるという行為によって伝わって来ますが(それは前評者のように子供っぽいと捉えてもいい)、ホタルイカの食べ方について、性格や地域差や色んなものが関連してくるのでしょうが、ホタルイカを食べるとき目も胃に納める派には、春の宵、一人酒干すとき皿に目玉のかわりに何を並べたらいいだろうかと思い、こんどは自分もそうしてみようかと考えさせられました。
Posted by かわすみ さとる at 2019年05月15日 05:30
「さびしい」「わびしい」「悲しい」などの感情は、直接歌にあらわさないのが原則だと教えられたものですが、この歌の主体の思いをどのように感じとるかは読者それぞれだと思います。
瑞坂さんの「もの悲しい、子どもっぽい」もありだし、かわすみさんの「物寂しさ、少し自虐的」もありです。読者側の年齢、立場、その時点の心持ちなどが様々なので、どのように感じなければいけないということはないと思います。
小生は、ホタルイカの目を全く気にしてませんでしたので、おそらく目も含めて味わっていたのだと思います。
除けた目を皿に並べる気持は推測しかねますが、歌中主体は、ひとりであることを寂しいとか悲しいとかの感情を全く持たずに(何も考えずに)、ただいつもの習慣として目を皿に並べているだけという読みもありだと思います。
ともあれこの歌は、情景がよくわかり、読者の想像を掻き立てるという意味で必要な情報が詠み込まれているので、皆さんの選を多く集めたよい歌だと思いました。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年05月15日 20:22
自分以外に誰もいないことが寂しいような、いや、自分だけの時間をじっくり楽しもうと、日本酒片手にホタルイカの目を並べている、ゆったりした春の宵を思い浮かべました。
Posted by 五十嵐真希 at 2019年05月21日 18:02
自分以外に誰もいないことが寂しいような、いや、自分だけの時間をじっくり楽しもうと、日本酒片手にホタルイカの目を並べている、ゆったりした春の宵を思い浮かべました。
リズムも良く、情景もすっと浮かんでいい歌だと思いました。
私は目を取り除いてホタルイカを食べます。
(先ほどのコメントは、誤って書きかけで送ってしまいました。)
Posted by 五十嵐真希 at 2019年05月21日 18:05
 下句の不可思議さにひかれて選びました。
 どうも、作者の心境や場面のことには思い至っておりませんで、皆さんの批評を拝読いたしまして、そういえばこれはどういう状況なのだろうと考えました。
 が、少々考えてみても、並べられたホタルイカの目玉のインパクトには負けるようです。
 どこで読んだのか忘れましたし、不正確なうろ覚えなのですけど、なんでも烏賊の眼球は高性能で、それに比べて視界から取り込んだ情報を処理するには、烏賊の頭脳はおそろしく能力が足りず、まるで「光学顕微鏡を段ボール箱に設置したようだ」とかなんとか、そんなことを思い出しました。
 かなり間違って覚えていると思います。
 何にしてもホタルイカの眼の圧勝です。
Posted by 山中 もとひ at 2019年05月22日 14:46
ホタルイカ、その眼を並べることは、かなり骨の折れることだと思います。孤独を詠んでいるようでいて、その一人でいることの逞しさが感じられます。
Posted by 木村昌資 at 2019年05月26日 20:51
端坂さん、かわすみさん、肥塚さん、五十嵐さん、山中さん、木村さん、それぞれ貴重なご
批評をいただき、ありがとうございました。
春の宵、久しぶりにホタルイカのゆでたのを食べていると眼があまりに固くて食べられませんでした。
そこで眼だけ取って皿に並べていると・・
「ああ、シュール!」と思いました。
すこし不気味な感じと、春の宵の不思議な感覚を詠いたくなって作った歌です。
Posted by 海野 雪 at 2019年05月28日 08:23
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