この記事へのコメント
 蝶々の羽音と、あの子の心とは何も関連はないのですが、このような辻占みたいな祈りの心境は、共感できます。
 ささやかなような、重大なような、個人的なようで、誰にでもある似たような経験を、詠まれた短歌です。
 共感できる短歌ですが、どこか独りよがりの感じになってしまっているのは、読む人にはっきりとした情景を提示できていないからではないかと思います。
Posted by 山中 もとひ at 2019年05月21日 13:27
この歌の作者の心情はよく分かり、惹かれるところもありますが、全体として情景が結ばない感じがします。
それは、上句と下句の関係性が提示されていないためで、例えば下句を固定したときに上句は如何ようにでも変えることができ、また逆も言えます。
上句の情景の切りとり方は上手いと思いますので、もう一工夫あればよかったかなと思いました。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年05月21日 16:12
 前評のお二人の評は、「はっきりとした情景を提示できていない」「全体として情景が結ばない感じ」に集約されるかとおもいます。よく一首を把握されているとおもいます。
 新かなの口語詩ですね。上句と下句の関連は、上句の非実在性(あるいは非可能性)にあるとおもいます。ふつう集音機でもなければ、人の耳には蝶の羽音は聞こえません。そのことを、作者はむろん承知して、上句に聞こえたらと仮定し、下句で心通じ合いたいという真情をあかしている。しかし作者は、願いこそすれ、ほんとうは可能性は低い(あるいはない)と、この歌の時点では考えていたのだろうとおもいます。
 情景の措定は目の前の蝶としかありませんから、歌の場面が、公園であるのか、自宅の庭であるのか、キャンパスの中のことか、分かりませんが、それは分からなくても歌の味わいに、支障ありませんでした。平明な口語で心をうたう作者の素直な心が感じられました。
Posted by かわすみ さとる at 2019年05月24日 18:27
前回の私のコメントで、この歌は上句と下句の関係性が薄いといったこととを書き込みましたが、よく考えると、上句の「…聞こえたら」が下句をある程度予想できてしまい、逆に歌の拡がりを狭めているのではないかと思います。
例えば「…聞こえると」や「…聞こえるとき」とおいた方が、下句の既視感をなくすことができ、自由度が増すのではないか、と思いました。
いずれにしても、かわすみさんの言われるように、普通は蝶の羽音は聞こえませんので、この言葉を使った作者の繊細さは素晴らしいと思いました。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年05月25日 07:01
作者の本間美保です。

山中さん、肥塚さん、かわすみさん、とても丁寧な評を有難うございます。

この歌で言いたかったことは、
「他者と心が通じ合うのは難しい。でも通じ合いたい。もし目の前を飛ぶ蝶の羽音が聞こえるくらい心静かに耳をすませば相手の声なき声や心の奥が感じとれるかもしれない。そういう気持ちで他者と接していきたい」ということです。

山中さんの「独りよがり」「読む人にはっきりとした情景を提示できていない」、肥塚さんの「全体として情景が結ばない」のは私も同感です。
肥塚さん、かわすみさんのおっしゃる上句と下句の関連については私には難しいのでもう少し熟考したいです。

肥塚さんのおっしゃる通り第三句を「聞こえると」「聞こえるとき」に代えるとぐっと広がりが感じられますね。ありがとうございます。
Posted by 本間美保 at 2019年05月28日 18:45
作者の本間美保です。

山中さん、肥塚さん、かわすみさん、とても丁寧な評を有難うございます。

この歌で言いたかったことは、
「他者と心が通じ合うのは難しい。でも通じ合いたい。もし目の前を飛ぶ蝶の羽音が聞こえるくらい心静かに耳をすませば相手の声なき声や心の奥が感じとれるかもしれない。そういう気持ちで他者と接していきたい」ということです。

山中さんの「独りよがり」「読む人にはっきりとした情景を提示できていない」、肥塚さんの「全体として情景が結ばない」のは私も同感です。
肥塚さん、かわすみさんのおっしゃる上句と下句の関連については私には難しいのでもう少し熟考したいです。

肥塚さんのおっしゃる通り第三句を「聞こえると」「聞こえるとき」に代えるとぐっと広がりが感じられますね。ありがとうございます。

Posted by 本間美保 at 2019年05月28日 18:45
すみません、誤って二回も投稿されてしまいました。

他の方もおっしゃっていますが、ネット歌会はじっくり時間をかけて皆さんのお歌を拝読し、コメントも何回も読み返せるので、とても勉強になります。ご多忙な中管理して下さっている方々に深く感謝申し上げます。ありがとうございます。
Posted by 本間美保 at 2019年05月28日 18:52
目の前の蝶の羽音が聞こえたらあの子と心通じ合うかな

私は勝手にですが情景を思い浮かべてしまいました。
菜の花が一面に広がる中、ポイントとして目をつけた菜の花一輪に止まっている蝶の羽音を聞こうとする彼もしくは彼女。おそらくハッキリとは羽音を認識することはできないけれど、期待してしまう。それが下の句に表れていると思います。だから期待とはかなさと多少のあきらめが込められているお歌だと思いました。
妄想女のコメントですみません(苦笑)。
Posted by 笹渕静香 at 2019年05月28日 20:17
笹渕さん、評をありがとうございます。
素敵な情景を思い浮かべて下さり、また「期待とはかなさと多少のあきらめ」感じ取って下さって嬉しいです。

かわすみさんも「願いこそすれほんとうは可能性は低い(あるいはない)」と取って下さいまして、ありがとうございます。

自分としては諦めの気持ちはそこまで強くなかったつもりですが、この歌からはそういう印象を与える
Posted by 本間美保 at 2019年05月29日 09:59
(続きです。)そういう印象を与える詠み方でしたね。

山中さんの「ささやかなような、重大なような、個人的なようで誰にでもある似たような経験」を詠んだというお言葉も嬉しかったです。

ありがとうございました。
Posted by 本間美保 at 2019年05月29日 10:02
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