この記事へのコメント
 この時季に大瑠璃(以下オオルリ)が毎日姿を見せるなど、すばらしい環境にお住まいで羨ましく思います。作者は、おそらく窓越しにオオルリを観察し、羽色に注目している。きょうも姿を見せるオオルリは、作者にとって特別の鳥とも、常連の鳥とも、どちらともとれます。言葉で言い表すのは難しいですが、一首に「普段着の歌」のようなゆったりとした時間をおぼえました。
 ところで四句の「美し」を「はし」と読ませることが短歌には多いようですが、この読みは、以前から「愛し=はし、をし」と「美し=いし、よし」を掛け合わせたようで、何となく曖昧で意味が取りづらいと思ってきました。個人的な感想であり文法的なことは私には分かりませんが、「美しき」は「美き」で、すなわち「はしき」より「よき」でいいのではないかと思います。 
 下の句は、またいわずとも瑠璃の羽色は美しいと分かっているのですから、青き光を見せてくれをり、くらいでいいのではないかとも思いましたし、作者は、そのさえずりを、きっと聴いていられるのだろうと、さらに羨ましく思いました。
Posted by かわすみ さとる at 2019年05月21日 18:14
「大瑠璃」と聞いて私は最初オオルリアゲハが思い浮かびました。かわすみさんのコメントからオオルリという鳥もいることを初めて知りました。
いずれにしてもその羽はただただ見とれてしまう美しさですね。その深くて鮮やかな色は神秘的で、心と体が原点に戻ってゆくようです。
「美(は)しき」の「は」が感嘆の吐息のようで臨場感を増していて、私はいいなぁと思いました。
Posted by 本間美保 at 2019年05月26日 18:09
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