この記事へのコメント
結句の「わが家も国も」というざっくりとしたおさめ方が、ドリカムや『晴れたらいいね』とうまく響き合い、過去をなつかしむ感じが出ていると思いました。「『晴れたらいいね』平和だったね」のたたみ掛けもおもしろく、メロディーと一緒にほのぼのとした時代の空気も流れてくるような気がしました。
Posted by 加藤隆枝 at 2019年05月25日 06:53
私は「平和だったね」と過去形になのが気になりました。もしかしたら国やご家庭が今は平和ではないのでしょうか?考えすぎだったらすみません。
今は憲法第9条が変わったり北朝鮮のミサイルが発射されたり心配事が尽きませんね。本当に過去形にならないよう平和への努力をしていきたいものです。
Posted by 本間美保 at 2019年05月26日 17:51
「晴れたらいいね」がリリースされたのは27年前で(1992年)、まだバブルは崩壊していませんでした。この景気が永遠に続くとは思っていませんでしたが、今のような停滞はとても予測できない明るい時代でした。あのころの状況を思い返すのに、朝ドラの主題歌でもあり知名度の高い曲を持ってきたのは成功していると思います。
ただ、最後は「国?」と思ってしまいました。今は平和ではないという共通点があるとはいえ、わが家から国へ一気に飛び過ぎたかなと思います。
Posted by 津和 歌子 at 2019年05月26日 23:23
作者の肥塚しゅうです。

津和さんの書き込みのように、ドリカムの『晴れたらいいね』は、平成4年の朝ドラの主題歌です。詠草/14についての私のコメントをご覧いただければわかるように、平成のはじめ(今から約30年まえ)の私の感覚では、今の世の中や社会がこんなに危うい時代になっていようとは思いも寄りませんでした。
そういうことから、平成のはじめの頃は「平和だった」と詠ったものです。
我が家はともかくこの国の行く末を案じることが本当に必要だということを、表面上はほのぼのとユーモラスとも感じられるように歌にしたつもりでした。

津和さんの、「わが家」から「国」へは飛躍がありすぎだというご指摘は、私も安易に過ぎたと反省するところですが、私の本当に言いたかったのは「国」のほうなのです。
ただ私は、短歌のなかで直截的に社会(世の中)に対してモノを言うことが得手ではないので、「それとなくにおわす」ような詠い方になってしまいます。逆にいまの私は、風刺的な婉曲的なそれを目指しているのかも知れません。

たまたま、短歌人6月号p107に斉藤斎藤氏のこんな歌が引かれていましたので、紹介しておきます。
「わたしたちは何も失ってないわたしたちの次の世代が失われただけだ」(斉藤斎藤)
本間さんのおっしゃるように、平和が過去形にならないよう平和への努力をしていくことが大切なことだと思います。

今回選歌に投票していただいた加藤さん、柊さん、またコメントをいただいた加藤さん、本間さん、津和さん、有難うございました。
このネット歌会は、数日間の考える余裕があり、何回でも疑問点をコメントでき、また他の方のご意見も拝聴できるなど、私にとっては大変勉強になっていると感じています。
次回もどうぞよろしくお願いします。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年05月27日 18:45
コメントが遅れてすみません。
ドリカムが好きですか?と聞かれればちょっと複雑、「否」と答えるかもしれません。
でも、ドリカムの醸し出す、のびやかでおおらかな雰囲気がいいなと思います。
あの頃はよかった、という回想の歌、わが家も国も、という飛躍は、改元を意識されたのかと思い読んでおりました。
初句の、「ほのぼのと」は、よくわかるのですが、一考の余地があるようにも思います。
Posted by 柊慧 at 2019年05月31日 20:29
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