この記事へのコメント
桜は華やかなものですが、病院の桜は患者や家族の悲しみも知っているようで、また別のイメージも湧いてきます。
駐輪場の屋根を覆いつくすくらいの八重桜はずいぶん大きい古い木なのでしょう。
駐輪場あたりは暗くなっているでしょう。
八重桜の重い花と言い、駐輪場の暗さと言い、病院の持つ暗い部分を象徴しているようです。
Posted by 海野 雪 at 2019年05月15日 12:09
 実景を詠んだものとおもいますが、ほのぼとした印象を受けます。むかしから「桜剪るバカ梅剪らぬバカ」といいますが、今は景勝地でもほとんどの桜の木は剪定されているでしょう。都合で管理されているのです。
 初句の「伸びすぎた」には野放図の勢いがあります。実際にむかしから存えている桜だと思います。エールを送りたくなります。駐輪場の屋根ばかりでなく病室の窓近くまで枝を伸ばせよ、がんばれ八重桜。
Posted by かわすみ さとる at 2019年05月18日 18:38
私は、病院の駐輪場の屋根を覆った「八重の桜」の華やかさがなおのこと、どなたかの病気に重くのしかかっているような印象を受けました。
歌中主体にとっては、むしろ忌々しい感じで桜を見ているのではないかと感じました。
一首のなかで必要な単語で可不足なく纏められているので、無理かと思いますが、私の気持ちとしては、歌中主体と病院の関係(誰が病院通いをしているのか?とか)が知りたいところでした。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年05月18日 20:23
私も肥塚さんと同じく、八重桜が垂れて咲く様子に病状の重さを重ね合わせました。また、病院は行き届いたところでなければならないというイメージがあります。「桜剪るバカ梅剪らぬバカ」とはいいますが、駐輪場の屋根を覆うほど伸びびすぎた八重桜に病院の至らなさも感じて、この歌を作られたのかなと思いました。
Posted by 五十嵐真希 at 2019年05月21日 18:26
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