この記事へのコメント
「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」
寺山修司の有名な一首が頭を過りました。
作者は寺山修司の亡くなった47歳をとっくに越えてしまったことを嘆いてはいません。寺山の世界観に浸りその思いをこころさくらいろと表現しています。
年齢を重ねていくことの柔らかく前向きな心情がすきです。
Posted by 馬淵のり子 at 2019年05月15日 17:46
 おかしなことを思いついたのですが。「寺山修二の享年をすぎた」という短歌は、あんまり女性は詠みませんよね。そう言えば「父母の享年」「先達の享年」を越して生きている自分というのは、どちらにしても同性しか選ばないみたい。これも社会の役割の縛りというものでしょうか。
 私の知識がたりないための偏見ですか?
 前評者のご指摘どおり作者は、嘆き節ではなくさらりと感慨を述べているところがいいと思います。
 それを「こころさくらの色」で示されていて、雰囲気は充分うけとめられます。
 共感とまで言えないところは「寺山修二逝きたる年」はすでに常套句のようなものですから、下句はもう少し具体的な場面でもよかったのではないかと思えてしまったからです。
Posted by 山中 もとひ at 2019年05月22日 10:08
 すみません。前記、寺山修二は、もちろん修司のまちがいです。
 お恥ずかしゅうございます。
 失礼しました。
Posted by 山中 もとひ at 2019年05月25日 17:19
作者名を拝見してびっくりしました。
男性の歌と思い込んでいました。
こんな風に寺山修司を詠みこんだこと天国の寺山も喜んでいるでしょう。
何度読んでも「こころさくらの色」に惹かれました。
Posted by 馬淵のり子 at 2019年05月27日 20:22
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