この記事へのコメント
介護施設の食事の光景。
献立メニューに患者の好き嫌いは反映されない。
作中主体はスプーンで掬って、入所者の口へ次々と運ぶのであるが、食べ方の遅速でなんとなく好き嫌いを感じている。
心あたたまる一首であります。
Posted by たかだ牛道 at 2019年11月17日 22:32
四句めの「次々運びぬ」は一考の余地ありと思います。
Posted by たかだ牛道 at 2019年11月17日 22:38
「入所者」という一語で何らかの施設、たぶん高齢者の施設でしょうか、そこでわれは働いているということがわかって、うまく仕立てられていると思いました。「好き嫌いあったであろう」はかつてそのお方が自宅で食事をしていた時は…ということに思いをいたしているのでしょう。施設では好き嫌いは問わず機械的に次々とスプーンで食事の介助をする。この条件下ではこのようにしかなしえない、という苦い思いが伝わります。前評のたかださんも書かれていますが、4句が8音、結句が9音というのは下の句が間延び気味という感があります。例えば「次々運ぶ介助のスプーン」ぐらいにすれば、7音+8音で、上の句の音数通りの韻律を下で崩してしまっているという感じにならずにすむのでは? と思ったのですがどうでしょうか。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月19日 18:50
好き嫌いあったであろう入所者に次々運びぬ介助のスプーンを

作者は介護施設で食事介助をしている所を詠われました。
4句を「次々運ぶ」としてしまうと韻律としてはいいのでしょうが、作者の忸怩たる思いがスルーしてしまうように思われます。
多分、もっとじっくり介助したい気持ちを1音の字余りで表現されたのだと思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2019年11月21日 11:56
書き込みが遅くなってしまいましたが、心にしみた1首でした。前評者の鎌田さんに同感で、ほんとはもっとじっくり介助したいのに、なかなかそうはできない自身を許せないような気持ちも感じました。そんな自分を責めるような気持ちが、下の句の倒置と字余りで表現されている気がしました。
Posted by 加藤隆枝 at 2019年12月08日 21:44
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