この記事へのコメント
二句目の「強く拡がる」という表現が良いです。海の色が実際にどんな色なのか、想像が膨らみます。
立っている場所が、浜辺なのか海を見下ろす高台なのかが気になります。足元ではなく「足下に」なので、高台から海を見下ろしている場面かと想像しました。
Posted by 庭鳥 at 2019年11月16日 09:54
心象風景を詠っている歌のようで、読み流せば気にならないのですが、結句の言い止し又は省略であるとか、考え始めると悩ましい一首でした。
まず海を見ている作者(主体)の位置ですが、崖のうえとか、高台であれば「見下ろす」とか「眼下に」とするところをあえて「足下(あしもと)に」としているところから私は、浜辺で足が海の水につかっているか、あるいは観光用に海にかかる橋で路面が透ける強化アクリルとなっており、まさに足下直下に海が見えている場所ではないかと思いました。
次に、海が「強く拡がる」とは普通の表現ではなく何を言わんとしているのか悩みました。
また、結句の「それとも」に続く省略は何なのか? 透けている水に代わるものとして作者の心象を反映したイメージだろうな、とは思いつつ具体的には思いつかず、この歌の胆の部分に行き着くことができませんでした。
私の読解力、感受性不足から少し残念な読みとなり、そこから脱出できませんでした。

Posted by 肥塚しゅう at 2019年11月18日 09:04
「足下に」は少し高い所から海を眺めているのだろうと読みました。この一首の読みどころは2句〜3句ですが、「強く拡がる」は「海」にかかるとともに「色」にもかかっています。強く拡がる色という表現から、大きなキャンバスに一面の海が描かれていて、それは海という大自然の力強さをあらわすような濃いブルーで塗られている、というような映像を想像しました。もちろんこの想像は比喩で、実際にはわれは海を眺めているのだろうと思います。その濃いブルーも波打ち際あたりでは透けている、それは海の水が透けているのだろうか、それとも、という言いさしで終っているのですが、たぶん「それとも」の後には例えば「私の(あるいはあなたの)たましい[が透けているの]だろうか」というようなフレーズが入りそうな気分を醸し出したかったのだろうと思います。が、こういう言いさしはいかにも思わせぶりでちょっと鼻についてしまうという感もあります。この下の句のテイストは「透けているのは水だろうか/それとも」というような現代詩の方に傾いているように思いますが、僕はトシのせいか(??)言いさしはやめて一首全体をシンプルな叙景歌として収めたいという気持ちになりました。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月20日 06:51
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