2019年11月02日

第40回ネット歌会詠草/19

クルマのみ見て走り去るイケメンは横断歩道の木偶と見るらむ
posted by 短歌人会 at 00:08| Comment(6) | 第40回歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
26首の中で際立って難解な歌でした。さあ、あなたはこの歌をどう読みますか? と読者が試されているような気分になります。「横断歩道」を「黄疸歩道」と表記するところにアイロニーが籠められていて、何か病んだ世界のスケッチなのだろうと思いました。

特によくわからなかったのは結句の「見るらむ」の主語です。「見ゆらむ」なら、かくかくしかじかのイケメンはかくかくしかじかのものとして見えるだろうなあ、ということで、ひと通り意味は通ると思うのですが、「見るらむ」なので、主語はイケメンか(イケメンは黄疸歩道の木偶とともに見るだろう)、またはクルマに乗っているひとか(クルマに乗っているひとはそのイケメンは黄疸歩道の木偶だと見るだろう)。前者の読みではどうも意味不明になりそうなので、たぶん後者の方ではないかと推測しました。後者の方で考えると、クルマに乗っているひと(カップル?)はそのイケメンにとっては見てはいけないものだったので走り去った、クルマに乗っている方はあの「黄疸歩道」のでくのぼうめ、と見るであろう、というドラマの一場面かと思われます。

が、このように読むのはかなり無理があります。読解に無理を強いる歌というのはやはり直すべき点があるのではないでしょうか。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月17日 07:03
すみません、「黄疸歩道」が「横断歩道」に訂正されているのに気づかず、最初にアップされたテキストにしたがって上記コメントを書いてしましいました。上記コメントの〈「横断歩道」を「黄疸歩道」と表記するところにアイロニーが籠められていて、何か病んだ世界のスケッチなのだろうと思いました〉を削除し、以降のコメントの文面中の「黄疸歩道」を「横断歩道」に訂正します。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月17日 07:10
素直に読み解ける歌ではないようです。
私も、「見るらむ」の主語がイケメンなのか、あるいは第三者(クルマに乗っている人を含めて)なのか迷いました。
前評者のご意見も踏まえて私は、第三者であるその場に居合わせた作者(道路を歩いていたかクルマに乗っていたかは不明)がイケメンを観察している情景を思い浮かべました。(「イケメンは」の「は」は捉えにくいのですが…)
すなわち、一見横断歩道を渡ろうとしているように見えたイケメンが、通り過ぎるクルマを見るだけで渡らずにどこかに走り去った。まさに、横断歩道を渡ろうとしただけの木偶(=人形)のようだった、と捉えました。作者がクルマのドライバーだったとしたら「このでくのぼうめ!はっきりしろ!」でしょうが…。
そうだとしても、「見るらむ」は「見ゆらむ」とした方が適切だと思いました。
Posted by 肥塚しゅう at 2019年11月17日 11:15
以前聞いた所によると、車のあるなしを確認して赤信号でも渡るのがニューヨーカーだとか。
昨今の赤信号でも突っ込んで来る車があり、一理あるかと思われますが。
さて、本歌に戻ってイケメン(ニューヨーカー)は信号を無視して走り去り、一方で私(作者)は信号を遵守している。
イケメンは私のことを木偶とみているだろう。
歌意はこんな所と思います。
作者さまへ、それでいいのですよ。
Posted by たかだ牛道 at 2019年11月19日 11:27
前評のたかださんの「イケメン=ニューヨーカー」説は相当に無理筋であろうと思いました。この一首には「イケメン」がニューヨーカーかも知れないと示唆するような要素はありません。また、たかださんはこの「横断歩道」には信号があるという前提で書かれていますが、信号があるか無いかはこの一首からはわかりません。この「イケメン」は〇〇であろうという推測に基づいてn人がn通りの読みを繰り出すというようなことは可能かも知れませんが、それは作品を作品として読んだということにはならないと思います。あくまでも一首のテキストに内在して読む、ということが大切であると僕は考えています。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月20日 06:43
斎藤様、たかださま、肥塚様、コメントをありがとうございます。

わかりにくい歌で申し訳ありません。

イケメンはドライバー、私は歩行者です。
信号のない交差点で、近くに歩行者用の押しボタン式信号機があるので車は一時停止せず走っています。
イケメンは側道から停止線を越えて横断歩道で一旦停止し車の通行が途切れたのを見て走り去って行きました。
急に歩道に車が出現したのも驚きましたが、一瞬目があったように思えたドライバーがあっという間に走り去って行ったのにも驚きました。
私は人間扱いされなかった気がしました。

もう少し考えてみようと思います。
ありがとうございました。
Posted by 鎌田章子 at 2019年12月07日 13:34
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