この記事へのコメント
木犀の匂いはかなり強いので、多分すぐ近くでは無くある程度離れたところにある木犀の匂いのようにおもいます、その匂いに気付き、ほのかに灯っている常夜灯までの夜のゆるい坂道を歩んでいる。
実に叙情味のある状景を的確に詠っていていい歌と思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2019年11月19日 16:17
 私もいい歌と思いました。木犀も香りの強いキンモクセイであると思います。永井さんと同じく、ある程度離れた闇の中にキンモクセイはあって、香って来るのだろうと読みました。私の鑑賞では、ゆるい坂道は下りでなく登りで、坂の上の方の常夜灯のほの照りが見えて、あるかなきかに風が上から降りながれて、それに乗って、香りもやはり上から来るのではないかと考えました。……作者は夜の闇になおいるのでしょうが、読者の私も作者と同じ立ち位置で、少し夜寒の薄闇の坂道にいて、キンモクセイの香りを楽しむことができました。とっても味わいぶかい歌だと思います。
Posted by かわすみ さとる at 2019年11月19日 18:30
3句「よるのみち」さらに結句で「ゆるき坂道」と畳みかけて言われているのがコクのある表現になっていると思います。「常夜灯」という語から神社かお寺、それも由緒のありそうな所に灯っているのを想像しました。見えているのはその常夜灯だけなので、われは坂道の闇の中を歩いている。僕もかわすみさんと同様、この坂道は上りだろうと想像しました。「気づきて」としてわれの主体的反応を入れてしまうのがよかったかどうかは、再考の余地があるかも知れません。それと結句の「坂道」はひらがな書きにした方が「ゆるき」と合うのではないか、そうするなら3句は「夜のみち」だろうか、などと思ったのですが、これは個人的嗜好の域の話ということになりそうです。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月19日 19:00
おそらくは暗闇ゆえに
金木犀の香りがより強く感じられたのでしょうか。
「少し夜寒」というかわすみさんの読みに頷きました。
金木犀はひんやり澄んだ空気に似合います。

甘い香りのただよう坂の先には
一晩中光をともしている常夜灯…
ほっとするひとときですね。
「よるのみち」という平仮名書きから、
夜道の心細さが忍び込んだりすることのない
穏やかな時間が感じられます。
「常夜灯までの」という字余りも
ゆったりした気分を生んでいます。
「みち」と「(坂)道」は
意図的に変化をつけておられるのでしょうか。
詩歌ならではの自由と思われます。



Posted by 川上幸子 at 2019年11月24日 20:21
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