この記事へのコメント
織姫と彦星の七夕の悲恋の物語。古来神々の伝説には、人間のような部分もあり、仏様のそれとは少し違うと感じています。
その中で、織姫彦星も、恋愛に熱中しそれぞれのお仕事をおろそかにした報いを受けました。年に一度しか会えない悲恋と、その裏側にある物語。作者はそのウラ側を知る大人で、老若男女の集うプラネタリウムの解説に、まぁそうしておくか、とニヤリとされる様子を感じました。
Posted by 瑞坂菜 at 2019年11月16日 09:09
「愛欲」が「うつくしくよみ換えられる」と見なしたのがこの歌のチャームポイントでしょう。引き離された牽牛と織女は年に一度だけ会うことを許されました、というといかにもプラトニックラブかと思われそうなところ、それはすなわち年に一度だけ二人はその愛欲を満たすことができたのですよ、年一度のまぐわい、というお話ですねと言うてはそのまま子どもたちには語れない。それで「愛欲」は「うつくしくよみ換えられ」て流布されている、というところまでで一首になりそうなところ、この歌はもう一段進んで「プラネタリウム」を持ち出したのですが、プラネタリウムにて語られるお話も世に流布されているお話をなぞっているのではないか? とすれば「プラネタリウム」まで言わない方がわかりやすいのでは? という疑問が残るように思いました。
Posted by 斎藤 寛 at 2019年11月25日 05:50
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