この記事へのコメント
この歌は非常に凝った作りになっており、「野崎参りは屋形船でまいろ」という東海林太郎の歌謡曲がまず思い起こされる。
その船頭よりも舟を漕いで(居眠りをして)気がついたら、切り髪の尼が前にいる。
歌舞伎、人形浄瑠璃の「野崎村」の段である。
恋仲の「お染、久松」と久松の許嫁「お光」が身を引いて、尼になり二人を送り出す最後のシーンである。
その悲しい物語を居眠りをして、目が覚めたら最後の場面だったというオチ。
素材の選び方も、その包丁さばきも見事だと思います。
Posted by たかだ牛道 at 2020年02月18日 23:28
いろいろと調べてみないと分からない作品だな、と思っておりましたが、たかだ牛道さんのコメントを読んでとても納得いたしました。たいへん楽しめる1首だと思いました。仕掛けが盛りだくさんの1首なんですね。
Posted by 加藤隆枝 at 2020年02月22日 12:28
 「野崎参りは〜♪」歌ったことがありますが、「お染久松」とは知らなかった。浄瑠璃の一場面なのですね。たかだ牛道さん、勉強になります。

 で、この場面は人形浄瑠璃を観ているのではなく、美容院で髪を切ってもらううちに眠りこけ、目が覚めたら前の鏡に映っているのは「尼になったお光」ならぬ「切り髪」の作者であった、という二重のオチではないでしょうか?あ、たかださんもそういうことを言ってらっしゃる?
Posted by 弘井文子 at 2020年02月23日 12:14
切り髪には剃髪ではなく、髪を切りそろえる尼もいるそうですから、弘井さんのような解釈も、もちろん成り立ちます。
Posted by たかだ牛道 at 2020年02月23日 18:50
たかだ牛道さん、加藤隆枝さん、弘井文子さんコメントありがとうございました。
作者の庭鳥です。

正直、芝居好きな方以外には通じるか心配だったのですが。しっかり読んでいただけて嬉しいです。
野崎小唄は、YouTubeで聞きました。
たかださんがおっしゃる通り、劇場で爆睡して気が付いたら……という先月の実話です。
三宅坂の国立劇場でも日本橋の文楽劇場でも、船を漕がない日はないくらいです。
弘井さんの美容院〜は、改めて自分で読み返すとそうとも取れるなあ!となりました。
Posted by 庭鳥 at 2020年03月03日 07:36
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