この記事へのコメント
とても面白い歌です。
一読よく分かるのですが、この歌の主体は誰なのかとなった時に、ちょっと迷います。
最初、「お父さん」が主体なのかと思っていましたが、結句の「手渡されたり」を読むと、子機が風呂場のなかでお父さんに手渡されたのを、誰かが見ているような感じを受けるのです。
Posted by 木嶋章夫 at 2020年05月13日 17:47
浴槽でゆっくりとくつろいでいると、突然受話器が手渡された。それに呆気にとられている、そんな場面がユーモラスに描かれていてよかったです。
私は、お風呂に入っているのが作者である「お父さん」、「子機」という言葉から、電話の主がお子さんであると読みました(そして、受話器を手渡しているのがお母さん)。
現在の外出自粛の状況(帰省の自粛など)を歌っているのかはわかりませんが、そう読むとすると、お子さんが不在でも、家族の親しげな雰囲気、声が浴室内に響いてくるようで、素敵でした。
Posted by 小笠原啓太 at 2020年05月13日 23:14
入浴中に電話がかかって来て、もたもたしてるうちに家族の者(妻、子)が子機を風呂場へ持ってきた。日常に起こりうる事を、それも普通なら一旦、風呂を出て受話器を取るのが、子機の方から風呂場へ来たという面白さの歌と思います。
誰からの電話か、誰に手渡されたかはあまり詮索しないでもよいと思います。
Posted by たかだ牛道 at 2020年05月14日 21:54
私はこのお歌は、入浴中の主体=お父さんへ、浴室の外の親機で電話を受けた誰か(妻か子ども)が子機を持ってて渡してきた、というお歌だと解釈しました。
ちょっと二句目、三句目の字余りがリズムが悪いような気がします。
「ついに手渡されたり」だから、もしかしてすでに何回か電話がかかってきてて、居留守を使ったりしていたような面倒な電話なのかな、と思ったり。
ご家族の雰囲気も伝わる楽しいお歌だと思いました。
Posted by 桃生苑子 at 2020年05月15日 15:31
私も、入浴中のお父さんへかかってきた電話へ出た子が、お父さんへの電話だからということで風呂場へ子機をもってきた場面と思いました。とても面白い1首と思いましたが、それだけでは済まない感じもしました。お父さんは入浴中なのだから、ただいま出ることはできない旨を伝えるとか、用件を伺っておくとか、などの対応が考えられるのに、十分に対応しようとはしてくれなかったことを、作者が残念に思っているような気もしました。
お父さんへの電話だからと面倒がられている感じは、自身が軽視されているような感じにもなり、「ついに手渡されたり」からは作者の嘆きも少し伝わってくるような気がしました。
Posted by 加藤隆枝 at 2020年05月16日 00:21
メントを寄せてくださったみなさま
ありがとうございます!
それぞれが解釈されたのがどういった場面なのかを
知ることができてよかったです。
ネット歌会に参加して本当によかったです。

>>木嶋さま
「手渡されたり」がカメラの位置をだいぶ示しているようですね。
難しいです・・・

>>小笠原さま
ネット歌会に出すにあたり
外出自粛との関係も想定して読まれることを予想していなかったので、
オドロキでした。

>>たかださま
「子機」の動きに注目されたとこのと。
電話を表すことばの面白さを私も再発見できてよかったです

>>桃生さま
リズム!(私のついおろそかにするところです・・・汗)
この歌を練り直すのも良さそうです・・・!

>>加藤さま
いろいろな場面が示されている可能性を検討してくだったのですね。
「ぷらす」(ユーモア)なのか「まいなす」(残念)なのか
ぶれるのはちょっとあれですね。(汗
Posted by 佐藤ゆうこ at 2020年05月30日 17:12
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