この記事へのコメント
「私の場所もあると思つた」がとてもいいですね。
「閉店」は正解に言えば廃業のことを指しているのではないかと思ったのですがどうでしょうか。
素敵な歌だと思います。
Posted by 木嶋章夫 at 2020年05月13日 17:30
「閉店を知るまで」とあるので、この閉店というのは、時間が来て店が閉まるということではなくて、昨今の影響で店を続けられなくなって、閉店するということなのだと思います。
ただ、閉店には、前評の木嶋さんのご意見にもございますが、上記2つの意味があるので、ここの言葉の選びは難しいな、と思いました。
けれど、その先の、「閉店を知るまで店は開いてゐて」の詠みぶりは面白くていいと思いました。下句は、「私の場所もあると思つた(のに、無くなってしまった)」といった感じの省略なのかな、と思いながら鑑賞しました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2020年05月17日 18:16
「閉店を知るまで店は開いてゐて」とは、この人が閉店を知ったときにはすでに店は閉まっていた、という意味にとりました。けれどこう並べられたことで、シュレディンガーの猫みたいに、知るまでは開いている可能性も50%あった、みたいに閉店と開店を二重写しのように見ているかもと思いました。
「私の場所もあると思つた」の部分が好きで、「も」だから自分だけでなく誰かの場所でもあるわけですよね。そこに行きたかったというような希望、まあ叶わないんですが……そのさみしさとほのかな明るさに好感を持ちました。

木嶋さんのおっしゃるように、2020年春に見てしまうとどうしても、意味としては廃業かなと思ってしまいます。しかし特定の店の歌としてではなく、最近行っていない、あるいはまだ行ったことのない「私の場所」かもしれない場所すべてにかかる歌と思ったので、廃業を指している、と言い切ってしまうとあまりに苦しいです。がんばってほしい……
Posted by 国東杏蜜 at 2020年05月20日 23:37
そうなんですよね、好きなお店というのは自分が買い物をしたり飲み食いをしたりして楽しむだけじゃなくて、そこは何も言われなくても自分を肯定してくれるものに溢れてて、本当に「私の場所」なんですよね。

「閉店を知るまで」が最初に来ているのがとても秀逸で、これが冒頭にあることで、この閉店が予期せぬ突然のことだったということと、とても受け入れられないショックに襲われたことが想像できます。今全国でこういう気持ちになった人がたくさんいると思います。読む度に胸が締め付けられてしまいます。
Posted by 高良俊礼 at 2020年05月21日 23:48
高良俊礼さん、国東杏蜜さん、瑞坂菜さん、選をありがとうございました。
桑原憂太郎さん、 木嶋章夫さん、コメントありがとうございました。

「閉店」と「廃業」と、言葉の重さがかなり印象として違ってしまうので迷ったのですが、このような時勢の中でも私の場所(と勝手に思い込んでいる場所)を残してくださるいろんなところに勝手に救われています。
お店にはやっている間に足しげく通うべきだよなあ、でもこんなときだとなかなかしんどいよな、という気持ちです。

読んでくださってありがとうございました。
Posted by 桃生苑子 at 2020年05月28日 22:48
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