この記事へのコメント
美しい歌だと思いました。
しかし「無想の境」といいつつ「水面に写るすがた青鷺」と思ってみたり、またその青鷺がナルシスティックだなとおもいました。
歌われている題材はすごくいいと思いました。
好感を持ちます。
Posted by 木嶋章夫 at 2020年05月14日 07:42
4句目の「写る」は「映る」としたほうが適切ではないかと思います。
全体をどう読むかということですが、
一つは、作者(作中主体)が水際あるいは水の中に立っていて無想の境地に入っている。その姿があたかも水面にすがたを映している青鷺のように思える(又は、青鷺が近くに見える)。
もう一つは、水面にすがたを映している青鷺が実際にいて、無想の境に入るように静かに池か川の水に立っている。

の二つの情景を思い浮かべましたが、「しばし無想の境に入る」とあるから、やはりこの主語は青鷺ではなくて作者だと考えられます。そう考えると、私は、一つ目の詠みとしたいのですが、ただ初句の「水に立ち」が水の中に立っているようで、「水際に立ち」とすべきではと思ってしまいます。

また、結句の「青鷺」の前後にも助詞などの言葉が省略されていると思いますが、その省略も全体の読みを惑わせているのでは、とも思います。
騒がしい世の中を忘れさせてくれる静謐な情景がよく描かれている一首だと思います。
Posted by 肥塚しゅう at 2020年05月17日 12:44
肥塚さんの仰るように、主体をどう捉えるかで見え方も別れてくるように思いますね。

青鷺が静止画のように立つ姿をひとつの風景として切り取り、その姿に「夢想の境」を感想として重ねたのかなと思いました。

様々な日常の騒音から離れて水辺に来たら、風景が静寂としてそこにあった。その夢想の境に心を重ねてみるのだけれど、自身はここを離れてまた忙しない日常に帰らねばならない。或いは今この瞬間の静寂も、ふとしたことで青鷺が逃げてしまって破れてしまうかもしれない。その裏側の不安も読めるような「しばし」があるところに非常に好感を持ちます。
Posted by 高良俊礼 at 2020年05月21日 23:39
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