この記事へのコメント
「人生で出会つたひと」という表現ににじむ懐かしさが、「その川の橋」に向けられている歌かと思います。また「名を言ふ(呼ぶ)」というのはいとおしさを示す行為であると思います。ある川を渡るある橋に対する思いがしみじみと伝わってきました。
Posted by 冨樫由美子 at 2020年05月13日 13:08
「その川の橋の名」のところ。ここの省略は苦しいなあ、という印象です。「川に架かっている橋の名」ということは、分かりますが、けど、「架かっている」は省略できないと私は思いました。
票を入れた方のご意見を伺いたく思います。
(もちろん、入れていらっしゃらない方のご意見も、笑)
Posted by 桑原憂太郎 at 2020年05月16日 18:47
作者の言わんとすることが分からなかったのですが、しばらくして、川上から川下への流れを人生とすれば、途中にあるいくつかの橋は「人生で出会った人」になるのか、と気づきました。桑原さんのおっしゃるように「その川の〜」のあたりに課題がありそうです。
「その川」は、作者には愛着のある川と思いますが、より具体的にすることと、出会った橋(人)は複数あり、名を呼ぶなら上流(若い頃)から順に指を折って、ということになろうと思うので、そうした要素も盛り込んでみてはと思います。
Posted by 亀尾美香 at 2020年05月17日 15:38
人の名を呼ぶような親しさで橋の名を呼ぶという作品のモチーフに魅力を感じた歌です。「その川の橋の名」の省略、言われてみれば確かに苦しい感じですが、一読した時はあまり不自然に感じませんでした。具体的な橋の名を知りたい気がしますが、作者はあえてそれをせずに本質的なことを表現したかったのだろうと想像しました。
Posted by 岩下静香 at 2020年05月18日 20:44
票を入れさせて頂いた一人として、
ずっと考えを巡らせてきました。

たとえば「鴨川の荒神橋」などと
口では何気なく言っていた気がします。
厳密には「に架かった」なのですね。
気づきませんでした。

初めは一つの橋の名を、一人の人の名を呼ぶような親しみをこめて発音しているのだと思っていました。
複数の橋だとすれば、なるほど、川が人生に見立てられるのですね!一気に広がりが生まれて目の覚める思いです。
その一方で、かけがえのない一つの橋の名を口に上せている、と見るのも深い味わいがあります。

川の名も、橋の名も、あえて特定されていないのは、読者に自由な読解の余地を残すためなのかもしれない、と思えてきました。
あるいは、それぞれの読み手がそれぞれの橋を思い出し、共感することで、この歌は完結するのかもしれません。

Posted by 川上幸子 at 2020年05月28日 11:01
笹川さん、冨樫さん、佐藤さん、間さん、川上さん、瑞坂さん。票をいただきありがとうございました。
かさねて、冨樫さん、桑原さん、亀尾さん、岩下さん、川上さん。本来ならそれぞれ個別にお礼を申し上げるべきですが、すばらしい評をいただきありがとうございました。

この一首は数年前の旅の体験を詠んだものです。
みなさまに丁寧に読んでいただき感激しております。
本当にありがとうございました。
Posted by 西橋美保 at 2020年05月30日 20:12
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]