この記事へのコメント
古井戸に花筏、それだけで魅力的な景ですが、なんといってもこの歌の眼目は「ひとひらごとの沈む順あり」でしょう。はなびらが水底に沈んでいくさまを細やかにとらえた表現が素晴らしいと思いました。
Posted by 冨樫由美子 at 2020年05月13日 12:58
私も魅かれた歌ですが、採れなかったのは「水底にひとひらごとの沈む順あり」です。
古井戸の上から花筏を見ている視線が、ひとひらごとに沈んでいく順が見えているのかという疑問です。ここは作者の思念と思われ、採れませんでした。
Posted by たかだ牛道 at 2020年05月14日 22:40
私も古井戸に花筏という魅力的な景に惹かれましたが、たかだ牛道さんと同様の疑問を感じました。「ひとひらごとの沈む順あり」という把握はある程度の時間の経過を要するものであり、その間ずっと古井戸をのぞき込んでいるのは不自然な感じがしました。井戸とあるので、どうしてものぞき込むような感じがしてしまいます。池や堀、水路などに浮かんでいる花筏なら長時間見ていてもおかしくないと思うのですが…。
Posted by 加藤隆枝 at 2020年05月15日 23:42
「ひとひらごとの沈む順あり」に私も魅せられて、選ばせて頂きました。

花びらは一時にたくさん散りますが、水面から沈むのは、落ちた場所や時間によって(花筏は幾度かの落花によって出来たかもしれません)、おのおの違う時だと思われます。それぞれに長い時を経て沈んでゆくのでしょう。まさに沈みゆくひとひらに、ふと目が留まって類推されたのかもしれません。

古井戸の水面を境に、落花の動と沈降の静、一時と長い時間とが対比されているようで、美しいです。心の中の情景かもしれませんが、歌ならではの美しさだと思います。
Posted by 川上幸子 at 2020年05月16日 18:52
古井戸に花筏ありて水底にひとひらごとの沈む順あり

じっと古井戸をながめている作者の鬱屈した感情と下の句がよく出来ている一首だと思いますが、たかださんの評と同じで採れませんでした。
「花筏」の季語としての斡旋が最適でなく筏というからには流れがないと違和感を感じます。
「ママコノキ」というミズキ科の落葉低木の花で「花筏」というまぎらわしい季語があるのですが、山地に自生する木なのでこれではないなら、「落花」として詠むべきだと思います。「散る花」や「散る桜」や「飛花浮くさまを」等色々推敲できます。二句切れ三句切れも歌の流れがよくないと思います。
Posted by 西五辻芳子 at 2020年05月16日 22:35
素直に美しい描写がスーッと入ってくる歌と思いました。さっきまで枝にあって咲き誇っていた花びらが古井戸に落ちてやがて沈む。「古井戸」にも「ひとひらごとに沈む順あり」にも、それぞれ詩としての強い引力を感じます。時間の経過に不自然さを感じた方もいらっしゃるかと思いますが、私はひとひらふたひらぐらいまで沈むのを見て「あぁ、順番があるのだな」と心の内で納得をしたのだと読みました。必ずしも全て沈む様子を詠んだものではないのかと。
Posted by 高良俊礼 at 2020年05月21日 23:25
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]