この記事へのコメント
またの名を森のバターともいうアボカドの種の水耕栽培を詠んだ一首のようです。
「濃い」が唐突で「何が?」とは思うのですが、栄養素が濃いとかキャラが濃いとかいろいろ補って読むことはできます。
その種がよく水を飲む、なんとも頼もしいという思いがこめられているように思えます。コロナ禍の自粛生活下で詠まれていると想像すればより一層そのように感じられます
種が育って身がなれば、みんなに振る舞ったりできるかもしれません。
そういう日々が戻ってきてほしいという思いがこめられているのかもしれません。
Posted by 光本博 at 2020年08月08日 21:11
アボカドの種を水栽培されているのでしょう。
私も今栽培中でして、白い根が出て葉をつけているものもあります。
楊枝で三か所を刺します。確かに毎日水を与えないとどんどん減ります。

アボカドは森のバターと言われていました。それはわかりますが、濃い種がわかり辛くしているのでは?と思います。
濃いのはアボカドの実ではないでしょうか。
「濃い」の位置を変えたらどうでしょう。

とはいうものの私はこの歌に好感が持てます。
酷なようなくし刺しの種が水を飲む様を実感として描かれていると思います。
Posted by 馬淵のり子 at 2020年08月10日 11:01
作者の国東です。票とコメントをありがとうございます。

そう、アボカドの水耕栽培です。

なるほど、濃いがわかりにくいのですね。
生命力を持っている種にフォーカスしたかったのですが、よい言葉を探してみようとおもいます。

ご意見がいただける場がわたしにとってはほんとに貴重で、ありがたいです。
Posted by 国東杏蜜 at 2020年08月25日 21:53
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