この記事へのコメント
「森林限界」を知らなかったので、検索しました。
標高が高くなって背の高い木が存在できなくなるラインとのこと。そこを超えると周囲は草や岩ばかりしかなく見晴らしが良いのでしょう。気候などいろいろな条件で変わるようですが、北海道だと標高千メートルくらいの地点のようです。

羅臼岳を登っている主体が、森林限界を超え遮るものがないけれど周囲の景色が見えない。曇っているのでしょう。
でも地図、あるいは過去の登山の経験からあの地点は知床だと主体は知っているので「知床と思へ」と結句につながるのだろうと思いました。
Posted by 庭鳥 at 2020年08月15日 07:41
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「何も見えねば知床と思へ」は「春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ」(前川佐美雄)の本歌取りですね。元歌では何も見えないゆえんとして「春がすみいよよ濃くなる」と言われていて、その限りで素直に意味が通りますが、この詠草1では「こえたれど」という逆接によってこの箇所に屈折があります。この屈折の是非がポイントとなるのではないかと思いました。屈折というのは、森林限界をこえて視界が開かれたはずだ、それなのに…、というところに理屈が入るわけです。ここはやはり理屈を入れずに、森林限界をこえた羅臼岳から何も見えねば…という言い方にした方が味わいが増すのではないかと思いました。が、それだとあまりに前川さんからの借りが多くなってしまうかも、と作者の方は考えたのかも知れません。
Posted by 斎藤 寛 at 2020年08月16日 16:34
上の句は、よくわかったのですが、羅臼岳は、知床半島の主峰なので、下の句の展開がもう少し心象風景として、「国後」ぐらいまで晴れていたら見渡せるのにとしていただければ、読みやすかったのですが、国後は見えないのでしょうか。本歌取りは、そのままではなく、まったく別にアレンジするところが、面白いところなので、羅臼岳をアイヌの言葉でいってみても、まだ飛躍はうまれないとおもわれます。
登山した作者しかわからないエピソードを入れ是非推敲した一首を読ませてください。
Posted by 西五辻芳子 at 2020年08月28日 10:02
庭鳥様、斎藤様、西五辻様、コメントをありがとうございました。
今年は前川佐美雄の没後30年だそうで前川佐美雄を読み直しています。8年前、1週間ほど奈良を旅したことがあります。5月末でしたから春霞とは言えないかもしれませんが大和の霞を体験しました。
羅臼岳は知床半島の中ほどにあり海が近いのでしばしばガスがかかります。私が登った時もほとんどがガスの中でしたが、頂上へ着いた時、一瞬晴れて海を見ることはできました(残念ながら国後までは見えませんでしたけれど)。
この度の「森、杜」の題で思いついたのが森林限界を越して視界が開けるはずの高さに来ても何も見えなかった経験でした。きっと『大和』を読んでいたからかもしれません。もっと展開できたらよかったのにと力不足を痛感します。
国後島は野付半島から見ることができました。羅臼岳から国後は頭に浮かんでも来ませんでしたが、条件が良ければ見えるのでしょうね。もう羅臼岳に登る体力が残っていないのが残念です。
Posted by 鎌田章子 at 2020年08月28日 15:29
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