この記事へのコメント
花といえば桜と言われるほどの桜ですが、紅葉も綺麗ですよね。斑が入ったような桜の紅葉は風情があります。その樹の下でふくらはぎを伸ばしている。
桜は春もいいけど秋はもっといいんだよっていう作者の目線を感じました。公園をジョギンクしてるのでしょうか。作者の動きも見えて面白いです。
Posted by 鎌田章子 at 2020年11月18日 10:36
桜の紅葉が好きな人も多いかと思いますが、やはり圧倒するのは人出の多い花の季節です。花の気持ちになってみれば、より美しく咲いて、人々を喜ばせたいという晴れやかな緊張感がただよっているというところでしょうか。
それに比べて紅葉の季節の桜は、見る人も少なく、のんびりと色を移しているといった感じです。
人の少ない紅葉の桜の樹の下で、作者ものびのびと脹脛を伸ばしている、開放感に満ちたゆったりとした時間にひたる姿がうかぶようです。
Posted by 肥塚しゅう at 2020年11月21日 13:28
花を詠む数のまされるさくら木のもみじの下で腓をのばす

「腓」という漢字、「こむら」とも読めることを初めて知りました。
こむら返りして痛いのはここだったのですね。

鎌田さんのジョギング中という読みは新鮮です。
桜の木の下でストレッチしているところでしょうか。
ゆっくり静かにもみじを楽しんでおられる贅沢な開放感が伝わってきます。

「紅葉」あるいは「黄葉」とせず平仮名にしておられるのは
桜もみじの斑の入った豊かな色彩を表すためでしょうか。

高村光太郎の「落葉を浴びて立つ」を思い出します。
『武蔵野』の黄葉とならんで、
近代の作家が開拓した新たな秋の美意識に通じるものを感じました。

Posted by 川上幸子 at 2020年11月25日 16:10
前評の皆様の読みを聞いてとても好きになったお歌です。
確かに桜の樹も紅葉するんですよね。すごく地味で、春の花の壮麗さとは比べられないし、あでやかな紅葉の絢爛豪華な感じと比べるとほぼ無視されている感じですが、このお歌はその地味なところをちゃんとわかっている、見ている主体のかすかな自負も感じて、でもそれは気負いではなくて丁寧に生きていることの証左のようでとてもいいなあと感じました。
Posted by 桃生苑子 at 2020年11月25日 22:33
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