この記事へのコメント
貝殻のような二つの肩甲骨を掌で感じるなんて、なんて小さい赤ちゃんなんでしょう。
きっと生まれたてに近い赤ちゃんでしょう。
まるで壊れやすい宝物のように畏れつつ愛情深く抱き上げる親の気持ちが感じられます。

貝殻のようなという比喩が文学的でとてもいいですね。
Posted by 海野 雪 at 2020年11月18日 11:18
海野さんに同感です。
半世紀近く前に助産師をしていたので、たくさんの新生児を見てきました。左手に新生児の頭を支えてお湯に入れると気持ちよさそうにしてくれるのが楽しかったです。この時、一番に触れるのが肩甲骨でした。他の骨は筋肉や脂肪に隠れていて触れにくい(頭蓋骨は別ですけれど)ので、ここに注目したのがいいなと思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2020年11月18日 14:12
今回の歌会で一番好感をもった一首です。
生まれて間もないわが子を抱き上げた時のたなごころにすっぽりおさまるような小さな命への慈しみが感じられます。
上の句の「貝殻の」「やうな肩甲」「骨ふたつ」の比喩としらべが句跨りですが
上手くおさまっています。どの様に抱き上げたシーンなのかで、生後何か月かわかるのですが、首のすわった吾子をすっと抱き上げた時の掌に感じた肩甲骨
ともとれますね。あとで作者の伺いたいです。

Posted by 西五辻芳子 at 2020年11月21日 05:18
その昔、わが子や孫たちのまだ首の座らない期間に湯あみをさせるのが私の仕事でした。この歌を読んで、嬰児を掌に乗せたときの忘れていた感覚を思い起こしました。貝殻のような肩甲骨は言いえて妙です。その孫たちも全員成人して、もう寄りつきません。
Posted by 井忠明 at 2020年11月21日 09:30
貝殻のやうな肩甲骨ふたつ掌(て)に感じつつ吾子を抱き上ぐ

赤ちゃんはぽちゃぽちゃしているイメージが強いですが、
肩甲骨は脂肪や筋肉に紛れず、抱く人の手に感触を伝えてくれるのですか!

作者と評者の皆さんのこまやかな観察力に感じ入りました。

貝殻 → 海 → 母という、美しく普遍的な連想が働き、
文学の香り高い一首だと思います。
Posted by 川上幸子 at 2020年11月29日 15:48
作品もみなさんの評も素晴らしく、感じ入るばかりでした。今さら俗な感想を付け加えるのもどうかと思いましたが、貝殻から二枚貝を連想し、左右対になった肩甲骨が自然に思われました。肩甲骨ふたつがひとつの掌の上にあると思うと、何ともくすぐったいような幸せな気持ちになりました。
Posted by 加藤隆枝 at 2020年12月01日 21:40
皆様、評をいただきありがとうございました。
子どもはまもなく一歳になります。
ハイハイでどこへでも行くので、それを止めようと両脇から抱えあげるとき、手のひらに子どもの肩甲骨がとても小さく感じられたのでそれを詠んでみました。
Posted by 寺阪誠記 at 2020年12月06日 15:25
小さな赤ちゃんを抱きあげたことが人生でほとんどないのですが、体験していなくても、作者の思い、眼差し、赤ちゃんの姿が伝わってくる歌でした。親になった方、助産師の方のコメントも重みがありました。
貝殻、という言葉から海野様の「まるで壊れやすい宝物のように」そして、「貝殻 → 海 → 母という、美しく普遍的な連想」という川上様のコメントに、大変、共感しました。
付け加えることはほとんどありませんが、ふたつの貝殻は、骨と関連付けられることからも、白いイメージがあり、小さな天使の羽のようにも感じました。
Posted by 千葉みずほ at 2020年12月06日 23:33
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