この記事へのコメント
逃げられた鯉(六六魚)への未練が「百々」なのでしょう。おもしろいですが、こんなところに呼び出された百々綱家(1548〜1640)は驚いているに違いありません。
Posted by 吉岡生夫 at 2021年08月08日 11:09
その池に釣り逃したる六々魚を百々綱家(どどつないえ)と名づけてもみん

今回、私の知らない言葉(人名含む)の入った歌が多くて、百々綱家も一応調べてみました。が、調べなくても名前の風格から武将や武士の類だろうという推測はできそうなので、知識の有無が必ずしも鑑賞の妨げになるような歌だとは思いません。
六々魚は鯉のこと。鯉を釣り逃した作中主体がその鯉を百々綱家と名づけてみようか、という歌なんですが、「六々」と「百々」というのに視覚的なリフレインのような面白い効果があると思いました。その鯉は武将のような存在感を持つ池の主なのかもしれません。「どどつないえ」という音感もどっしりとした巨鯉の重量感を思わせて
Posted by 寺阪誠記 at 2021年08月09日 20:48
その池に釣り逃したる六々魚を百々綱家(どどつないえ)と名づけてもみん

今回、私の知らない言葉(人名含む)の入った歌が多くて、百々綱家も一応調べてみました。が、調べなくても名前の風格から武将や武士の類だろうという推測はできそうなので、知識の有無が必ずしも鑑賞の妨げになるような歌だとは思いません。
六々魚は鯉のこと。鯉を釣り逃した作中主体がその鯉を百々綱家と名づけてみようか、という歌なんですが、「六々」と「百々」というのに視覚的なリフレインのような面白い効果があると思いました。その鯉は武将のような存在感を持つ池の主なのかもしれません。「どどつないえ」という音感もどっしりとした巨鯉の重量感を思わせますね。
Posted by 寺阪誠記 at 2021年08月09日 20:48
吉岡様、寺阪様、評をいただきありがとうございました。

百々綱家というのは、築城の名手として知られた武将のようで、高知城の縄張りを担当したようです。司馬遼太郎の何かの作品で知った名前ですがそこまで詳しく知っているわけではありません。しかしそういった知識がなくても鑑賞できるというご意見をいただき安心しました。

鯉→六々魚→百々という言葉遊びから思いついた歌ですが、鯉というのは非常に力の強い魚で、武将のような存在といってもいいと思います。百々という音からその様子が想像されるという評、また逃げられた未練が「百々」という評を興味深くまたありがたく拝読いたしました。

この度はありがとうございました。
Posted by 光本博 at 2021年09月19日 20:01
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