この記事へのコメント
表現上は二句めの字余り9音に特徴があり、玄関に乱雑に傘が置かれている、あるものは床に倒れていたりする様子を表現する意図もありそうに思えました。

こんなにも家族はゐない玄関の傘たち折れたりへしやげたり

と二句めが定型でも十分に意味は通じます。
四句目の字余り8音も「4・4」でリズムに停滞が生じますが、これも傘の折れた様子の表現なのかもしれません。


突然の雨に見舞われたり、置き忘れたりして要らない傘を買ってしまうというのはよくあることです。それはともかく主体の家族構成が何人なのかで読み方も変わってきます。

独身なのに折れたりへしゃげたりした傘がたくさんある、家族がたくさんいるわけでもないのにとわざわざ詠うのは自虐を感じます。

また家族が若干名いる場合は、それぞれが好き勝手に傘を買い、乱雑に置き捨てている、そういう様子を嘆いてみせた。

いずれにしても興味深く読める一首と思います。
Posted by 光本博 at 2021年11月26日 19:26
独特の破調が印象的で、意図的にカクンカクンとするリズムのお歌ですが、不思議ととても心惹かれます。
「ゐないはず」「へしやげたり」など、旧かなの表記も、どこか嘯くようなユーモラスな味わいを深めていると感じました。(まだ自分は旧かなをうまく扱うことができないので、憧れます。)
Posted by 伊藤まり at 2021年11月27日 21:52
こんなにも家族はゐないはず玄関の傘たち折れたりへしやげたり

こんなにも/家族はゐないはず/玄関の/傘たち折れたり/へしやげたり と区切って読みました。結句は字足らずになってますが意味内容とマッチしていて(韻律が「へしやげ」ている)、表現上すぐれた効果をもたらしていると思います。二句の字余りは光本さんご指摘のように玄関に収まりきらない乱雑に置かれた傘を表しているのだとしたら、作者の確かな技術におどろきます。意味内容的にも「ゐない」と断言してしまうより、「ゐないはず」と想像の余地を残しておいた方がおもしろいと思います。
Posted by 寺阪誠記 at 2021年12月04日 14:55
リズムがおもしろくとても好きです。
もしも傘が家族の数にぴったりあっていたとしても「折れたりへしやげたり」で全然使えないというところもよいと思いました。

「こんなにも」ですので玄関の傘が今まさに見える位置にこの人はいるとおもうのですが、外から帰ってきたのか、今から出て行くのか、どちらにせよなんとなく背後を感じさせて、よいホラー映画のようです。
Posted by 国東杏蜜 at 2021年12月14日 21:50
作者の肥塚しゅうです。皆さま、コメント有難うございました。
短歌の歌意はまったく分からないことは問題ですが、私は、読みは決して一つではないことを許容するものです。
この歌で「ゐない」を「ゐないはず」としたのは、断定するよりも想像を膨らませる余地をもたせたかったからです。下句の8音+5音は、その状態を表現するために、音数よりも心地よいリズム(?)を重視したかったためです。
ネット歌会は、他の方の評も参考にしながらじっくり考えてから自分の意見をコメントでき、また後日読み返すこともできるので、大変勉強になります。短歌人に入会して5年になりますが、ほとんど欠席することなくこのネット歌会には参加しています。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。

Posted by 肥塚しゅう at 2021年12月19日 09:40
出遅れてしまって今頃のコメントになってしまいましたが、とてもおもしろいと思った一首です。2句目の字余りは全然気になりませんでした。「はず」が断然おもしろいと思いました。家族の人数よりも傘が多いのは承知の上で、念を入れて自分自身に確認しているようなおもしろさが感じられました。5音は収まりがいいので、結句の字足らずも気になりませんでした。
Posted by 加藤隆枝 at 2021年12月21日 23:49
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