この記事へのコメント
中島敦の「虎刈」読んだことがなかったので、青空文庫で目を通してみました。
朝鮮半島で過ごした少年時代、学校の友人が父親と虎刈に行く、そこに同行する場面です。
京城は現在のソウルですね。緯度の割にソウルは冬はかなり冷え込みます。
町中でも寒い地方を、野生の虎を目指して山での狩猟の旅。
酷寒のあまり、冷たさよりも痛みを文章から感じたのでしょう。
コロナ禍で海外旅行から遠ざかっていますが、作者にとってソウルは身近に行ける観光地としてのソウルではなく中島敦の作品から知った遠い異国の京城なのだろうと感じました。
Posted by 庭鳥 at 2022年08月21日 15:29
今回の作品群の中ではこの歌に一番こころひかれました。
僕自身は中島敦には、教員であったこと、子ども時代を朝鮮半島で過ごしたこと、仕事で希望してパラオに住んだことがある、文学者であったこと、等、興味深いものを感じます。
中島敦と書いて「なかじま」と読ませるのには余り賛成しません。例えば森鷗外と書いて「もり」と読ませたら相当変なようにおもわれます。
結句の「痛ましきまでが」を内容としては出さないで一首を収めるような作り方にした方が歌に「ふかみ」を出せる方向性があるようにおもいます。
Posted by 山寺修象 at 2022年09月03日 08:13
森鴎外の「おう」の正しい漢字が文字化けしています。失礼しました。
Posted by 山寺修象 at 2022年09月03日 08:20
庭鳥様、山寺様
評をいただきありがとうございました。

題詠「京」ということで、東京や京都ではなく「京城」で作ってみました。物議を醸す名称かもしれませんが、同時代の小説の舞台ということでそのまま使用しました。
中島敦で虎と言えば「山月記」が有名ですが、私は「虎狩」の方に物を思わされます。登場人物の台詞にあるように、強い・弱いってどういうことなのか。そのことを考える痛ましさがソウルの冬の厳しさと重なるような気がしたのです。
あまり馴染みのない小説かもしれませんが、青空文庫でも読めます。

「中島敦」のルビについてはよく考えたいと思います。
Posted by 寺阪誠記 at 2022年09月20日 22:00
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