第50回ネット歌会詠草／22

黙食の三十分をリヒテルのかたき岩撲つピアノと過ごす

【選歌集計結果＝７票】
【投票者＝大野奈美江／白井彩子／��橋小径／高良俊礼／野崎挽生／藤井柊太／馬淵のり子】

Comments

余韻の残る歌だと思いました。
リヒテルが誰かを知りませんでした。黙食の理由はコロナ禍で、たまたま知っているクラッシックが流れてきたのか、あるいは家で好きな音楽を聴きながら食事をしているのか、孤独の中にあっても、自分は音楽との対話があるという自負、そこに精神の豊かさがある、そういう歌だと思いました。
リヒテルの経歴を読むと、ソビエト時代のウクライナ生まれのピアニストだと知りました。途端に歌の意味が変わってしまうことを知らされました。反戦とか平和を訴えていなくても、黙食という行為がさらに深くを語っているように感じました。

Posted by 白井彩子 at 2023年02月14日 21:12

　黙食の三十分をリヒテルのかたき岩撲つピアノと過ごす

読み手により様々な解釈があり、広がりのある歌だと感じます。
静かな黙食に始まって、傍らでリヒテルの激しいピアノ演奏を、スマホで聞いている場面を思いました。
強烈なタッチのピアノ演奏をするリヒテルを黙食時にあえて聞いている作者の心境に寄り添うことができます。やはりコロナ禍、また奇しくもロシアが生んだピアニストへの複雑な感情に共感をよびます。

Posted by 馬淵のり子 at 2023年02月16日 12:18

同じ空間で何人かと一緒にテーブルについているのに、黙って食事をすることを余儀なくされる昨今。一人イヤホンをつけて音楽を聴きながら食事をしているのでしょう。静かな環境のなか、耳からはダイナミックなリヒテルのピアノ演奏が入ってくる。部屋の静寂と自分の耳だけに響く激しい音楽の対比が浮かびます。ウクライナに生まれ、ロシアで活躍したリヒテル、リヒテルが演奏していたころ、両者は戦争をしていなかったのです。そんな時代への思いも込められているのではと感じました。

Posted by 大野　奈美江 at 2023年02月17日 15:04

一読して「リヒテルのかたき」を「仇」でなく「硬き（固き）」と解するのに数秒かかりました。「リヒテルの」と「ピアノ」の間に「かたき岩撲つ」が入っているのも一因かと思います。「黙食の三十分を硬き岩撲つリヒテルのピアノと過ごす」でもリズムは守れますが、「かたき」をひらがなにしたのと同様、作者の意図があってのことでしょうか。
誰も話をしない食事の間、リヒテルのピアノだけが流れていて、その音色は硬い岩を撲つような硬さがある。本来談笑して過ごす食事の時間が静かであることを、ピアノの音色の硬さに重ねて表現したところは面白いと思いました。

Posted by 亀尾美香 at 2023年02月20日 20:26

＞黙食の三十分をリヒテルのかたき岩撲つピアノと過ごす

解釈は先行評と同じです。
この歌については二つ疑問が残りました。
ひとつは、「黙食」という語でどのようなシーンを想定しているのだろうか、という点です。「同じ空間で何人かと一緒にテーブルについているのに、黙って食事をすることを余儀なくされる昨今」と大野さんは言われていますが、そういうシーンで三十分間誰も何も喋らないという厚労省推奨の模範マナーみたいなものが守られているのでしょうか。僕は自らの体調の問題もあってこのところ外食をしていないのでそのあたりがよくわからないのですが、仮に親しい何人かが完璧に黙食しているとしても、その時間はそのひとたちと過ごしているのですから、リヒテルのピアノと過ごすという方へはストレートに行かないのではないか、という疑問が残りました。言葉は交わさずとも視線を交わすというコミュニケーションというのもあり得るだろうと思います。とすれば、コロナ禍という時代性の要素は失せますが、「孤食」という語の方が似合うのではないでしょうか。
もうひとつは、リヒテルというアーティスト名をその出自や経歴にかかわる国家を思わせるようにして使う、というのが、どんなものかなあ…と思いました。ロシアへの抗議の意思表示として、コンサートなどでロシアの作曲家の作品は取り上げないなどというのは論外（と僕は思っています）ですが、この歌のような使い方にも違和感があります。アートは人類のもので、国家とかかわらせなくてもいいのではないでしょうか。昨年の今頃、ロシアによるウクライナ侵略が始まった直後のあるラジオ番組で、いつもとは全く違う選曲で、ウクライナに縁のある作曲家や演奏家の曲ばかりをかけていたのを聴いて、これはアリか？ と思ったのを思い出しました。（なお、「黙食」を「孤食」のような語にすれば時代性を詠み込んだ作品という印象は退くので、「リヒテル」も純粋な固有名詞として読むという方へうながされるのではないか、とも思います。）
コロナ禍、リヒテルという記号が思わせる国家、岩を撲つような彼の演奏の特徴、という三つを盛り込まれたのだと思いますが、一首に盛り込む材料が多すぎないか？ という疑問も残りました。

Posted by 斎藤　寛 at 2023年02月25日 08:01

斎藤寛さんの批評を読み、思い出しました。
この歌を読んだときに、私もこの場面は黙食か孤食かと疑問を抱いたことです。
というのは、リヒテルという作者名を知って聴いているのであれば、自ら選曲できる孤食の場面が安易に想像できると思いました。
もう一つ感じたのは、三十分の一人の食事というのはずいぶんゆったりした食事だなということです。

ご指摘を受け、曖昧に捉えていた場面がくっきりと見えてきました。

黙食と詠まれているからには、孤食ではなく黙食の場面であったということです。おそらく、周りにいたのは職場の人などで、話す目的があったというより、一緒に食事をすることが必然な状況であったように思われます。多少言葉を交わしたかもしれません。しかし、そこには社会的な「黙食」という前提があり、なんとなく閉塞感があった。
そこにラジオ番組によって選曲されたロシアの作曲家の曲が流れてきた。「岩を撲つような」というのもラジオ番組の司会者の言葉であったかもしれません。選曲に違和感を覚えたかもしれません。作者はそのような時代に思いを巡らせている。
そういう場面が見えてきました。

Posted by 白井彩子 at 2023年02月27日 10:16