2023年02月09日

第50回ネット歌会詠草/9

落花生くわえていたる烏とぶ立春の日のあしたの空を


【選歌集計結果=6票】
【投票者=伊藤まり/大野奈美江/かわすみ暁/肥塚しゅう/白井彩子/高良俊礼】


posted by 短歌人会 at 00:17| Comment(7) | TrackBack(0) | 第50回歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一読したときは、落花生と烏と立春がむすびつきませんでしたが、今年は節分(豆まき)の翌日が立春(2/4)だったことを思い出して、歌の情景が理解できました。節分の豆は、炒り大豆と殻付きの落花生をつかう地方があるそうですが、この歌の烏はきっと落花生をつかうエリアの烏だったのでしょう。
発想が面白い歌だと思い三首選に採りましたが、上の句の「くわえていたる」が少々重たい感じを受けるのと、烏がどのように飛んだか(飛んでいる様子)をひと言添えられると、より魅力的な一首になると思います。
Posted by 肥塚しゅう at 2023年02月15日 09:06
豆まきをした夜の賑わいと、烏一羽が飛ぶ朝の静けさが対照的で面白いと思いました。この日を境に冬から春になると言いますが、冬と春の間の青く澄み渡った「あしたの空」を切り取ったシンプルで美しい歌だと思いました。
Posted by 白井彩子 at 2023年02月15日 16:43
節分に落花生をまく地域があることを肥塚様のコメントで初めて知りました。北海道や東北地方では落花生だそうです。立春の朝、きっと雪は降っていなかったのでしょう。烏は庭にまかれた落花生を見つけて、きっと大喜びして口にくわえて安全なところでゆっくり味わおうと飛び立った。烏の喜びと立春の朝の清々しい空の取り合わせが、何とも気持ちのよいものだと感じました。
Posted by 大野奈美江 at 2023年02月17日 15:16
私も大野さまと同じく、恥ずかしながら、節分に落花生をまく地域があることを初めて知りました。落花生と立春の関係を読み取れておりませんでしたが、身近な鳥であるカラスが、冬から春へと季節の境目を越えるように朝の空を飛んでいく姿を想像しました。特に「あしたの空を」という表現が明るく美しいと思いました。
Posted by 伊藤まり at 2023年02月19日 10:50
立春といえば陽暦2月4日頃、その朝空を落花生をくわえたカラスが飛んでいるという。面白い歌だと思います。ただ歌の内容は以上以下でもないとおもいますが、落花生をどう捉えるか、節分にまく落花生では対象が小さすぎてイメージがわきません。最低でも殻付きものでなければなりません。それでもまだ小さいかもしれません。私は白ハトがくわえるオリーブの葉と実という真逆のイメージをもって読みました。暗喩めいたものをかんじます。
Posted by かわすみ 暁 (さとる) at 2023年02月20日 08:58
>落花生くわえていたる烏とぶ立春の日のあしたの空を

解釈は肥塚さんなどのコメントと同じです。節分に殻付き落花生を使うのは、エリア限定というよりは、昨今は後の処理が楽だからということで個人の選好でそうされている方が多いのではないでしょうか。
肥塚さんが言われている「くわえていたる」が僕も気になりました。「たり」(連体形は「たる」)には「〜している」という語義もありますが、「〜した」という完了の意味合いで使われることが多く、過去を表わすのに「たり」を使うこともあるように思います。昨夜の豆まきの時に落花生をくわえていた烏が、今は立春の朝の空を飛んでいる、という読み方もできてしまうように感じました。「たる」は外して、例えば「落花生しかとくわえて」とかいうように、迷わず現在の景と読める言い方にしてみては? と思ったのですが、どうでしょうか。
Posted by 斎藤 寛 at 2023年02月23日 07:28
たくさんのコメントありがとうございました。
肥塚さん、斎藤さんがご指摘のように、私自身も上の句にもたもたしたものを感じながらの出詠でした。ご助言を参考に上の句を推敲して、下の句の伸びやかさが生きるようにしたいと思います。ありがとうございました。
Posted by 加藤隆枝 at 2023年03月10日 11:19
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